蚯蚓の鳴声
この季節、暖かい日の夜になるとジイイイイイという声が聞こえる。
初夏だ。
陶芸家の河井寛次郎は、この鳴声はミミズだと教わって育ったのだが、のちに、実はあれはオケラだと聞いてがっかりした、というようなことを書いている。
それにしても、河井寛次郎の音に対する記述は繊細で適確だ。
「耳を澄ますと、色々な音が闇に穴を開けている。」
「暗闇の中に生命の目盛りを刻んでいくようなあの声」
(河井寛次郎『火の誓い』講談社文芸文庫より)
この、「音が闇に穴を開けている」という感覚、「生命の目盛りを刻んでいく」という感覚、、、見事に初夏の空気感が感じられる。
友人によると、これは実は、クビキリギスというキリギリスの仲間の鳴声なんだという。図鑑で見たことがある。頭部が奇妙な角度で切り落とされたような菱形の昆虫だった。
音によってしか感じられない世界が、確実にある。