風薫る

hofli2008-05-03

気付いたらもう五月だ。風薫る、とはよく言ったものだと思う。
空気に植物の吐く水蒸気の匂いが混じり、夜は蒼く深く、蚯蚓の鳴声がジイイイイと夕闇に穴を空けている。こうなると矢も盾も堪らない。暖かくひんやりとした草むらにどうっと身体を投げ出してみたくなるのだ。
そんな五月の夕方が好きである。
と言ってもここでは蛙の合唱もアオバズクの声も聴こえない。ただふと風が薫るのを感じるばかりだ。


子供の頃、夕食は父母の職場である寺の食堂で大勢で食べていた。晩ご飯のときには決まって眠くなっては父におぶられて家に帰るのだった。
ふわりと身体が持ち上げられうっすらと目が醒めるのだが、そのまま眠ったふりをしながら、父の歩みとともに揺れる星を薄目を開けて見ていたものだ。


そんな折に嗅いだ五月の夜の匂いを鮮烈に覚えている。ほとんど獰猛とも言えるような草いきれの中で、時間は何層にも折り重なり、牛乳瓶が籠の中でコツコツあたる音がなにかのサインのように響くのだった。