ワークショップ『みみをすます』のための覚え書き


「音を聴く」

頭の中で鳴っている音楽を、まずは止めてみましょう。考え事や誰かに言われた言葉を反芻しているなら、それも止めてみましょう。まず、いま鳴っている音に注意してみましょう。背筋を伸ばしてゆっくり歩いてみましょう。

呼吸はゆっくり、歩調と連動して、だんだんゆっくりにしていきます。注意深く、身の回りで鳴っている音に集中してみましょう。はじめは、「音を聴く」。つぎに「静けさを聴く」。最後に「みみをすます」という状態にコンディションをもっていきます。

「音を聴く」段階では、周囲の目立つ音に意識を集中させます。車の音や話し声等、人間が発する音から、徐々に鳥や虫の声、風の音などに意識を移していきます。この段階では、音そのものを聴くことに注意を向けます。


「静けさを聴く」

次に「静けさを聴く」段階です。こんどは逆に音が鳴っていないと感じる状態を丁寧に聴きます。鳥や虫の鳴きやんだ状態、風が凪いだ状態、ふとおとずれる静けさそのもの、その質感を聴きます。頭の中で反芻されている言葉や音楽があるようなら、またリラックスして「音を聴く」に戻りましょう。

目を閉じてみるのもいいですが、視覚に疎外されないことが大切です。できれば半眼にして、音の遠近にも注意してみましょう。徐々に、近くの音から遠くの音へ意識を向けていきましょう。さらに遠くの音へ、さらに静けさへ。

音には「穴」があります。「静けさを聴く」では、この穴をみつけるようにしてみましょう。普段聴いている音は、地と図でいうと「図」のほうです。音の穴とは、「地」であり、「図」の隙間にある静寂が「音の穴」だと言えます。地と図を反転させて音を聴いてみるのも面白いものです。

これらは「みみをすます」準備体操のような段階ですが、この段階を丁寧にやっておくと、いつでも「みみをすます」状態に入れるようになります。「音を聴く」のも、「静けさを聴く」のも、なかなか奥が深くて愉しいことです。


「みみをすます」

さて、「みみをすます」では、この音の地と図をなくす聴き方をしてみます。静寂も音です。話し声も音です。鳥や虫の声も音です。それらの意味や重要さのヒエラルキーから解放された「音そのもの」を聴く体験です。

「静けさを聴く」は、注意を引く音ではない音に耳を向ける練習でした。目立たないけれども鳴っている音にも注意を払い、徐々に音の全体の模様のようなもの、様々な音や静寂が織りなす音のテクスチャーにみみをすませていきましょう。「みみをすます」ことは、決して一点に注意を向けることではありません。

ひとつのことに「集中する」ことは、ときとして、ほかのことに意識を閉ざすことになります。「みみをすます」では、むしろ集中しないことに集中し、意識は明晰に保ちながらぼんやりする、という感覚が大切です。力は抜いて、頭は空っぽにし、音が入ってくるに任せる。そんなおおらかな感覚です。

音には、音じしんの世界があります。その世界にみみをすますことで、音は音じしんのことを語りはじめます。というと神秘主義的に聞こえるかもしれませんが、音楽に入り込んで聴く、というのと同じです。周囲の音にも、調和や不調和やリズムや潮の満ち干きや抑揚や質感やテクスチャーがあるのです。

壁をぼんやり眺めていると何かの形に見えたりすることがあるように、音の風景をぼんやり聞いているとメロディやハーモニーが聞こえたりもします。が、これらは「みみをすます」こととは違います。想念が作り出したものにとらわれずに、音が織りなすテクスチャーを冷静に聴き取るのです。


「戻る」
みみをすませたままだと、急に話しかけられてびっくりしたり、いろんな音が入ってきて混乱したりすることがあります。これは敢えて自分を「カクテルパーティ・エフェクト」(がやがやした場所でも自分に関係ある音や話し声を選り分けて聞くことができる)が働かない状態になるように意識的にコントロールしているからだと思われます。ゆっくりおしゃべりしたりしながら、元の状態に戻ることも大切です。